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2006.07.14

国のために戦うか

もしも戦争が起こったら国のために戦うか。

数十ヶ国の国民の意識を調査比較する「世界価値観調査」というのがあって、各国の大学・研究機関の研究グループによって、5年ごとに実施されているそうですが、2000年の調査結果が「社会実情データ図録」で公開されていました。

設問は

「もし戦争が起こったら国のために戦うか」

福井晴敏あたりが見たら、鬼の首でも取ったように喜びそうなデータですが(笑)。
サイトでは約35カ国の国についての意識が表になって「はい」の小ない順に並べられています。
日本が一番トップで「はい」が少数派になってて、これはもう「当然の結果でしょう」って感じですね。
具体的な調査方法までは分からないのですが、おおむね納得できる結果かなあと。
サイトでも書かれていますが、第二次大戦のこともあるし、日本は憲法によって戦争放棄しているので、「こんな国のために戦いたくない」というよりも、実感として国のために戦うということがどういう意味を持っているのか想像しにくい、ということもあるでしょうね。

一方、同サイト内でこんな調査結果も公開されています。

日本が戦争に巻き込まれる危険性

この表の出典はたぶんここ。
自衛隊・防衛問題に関する世論調査 --内閣府より--
あれ?私、この世論調査、朝霞でやったような気が?項目が多くて途中で飽きちゃったような気が(汗)。
んで、ピクルス王子のシールもらったような気が?

案の定というか、2000年以降「危険がある」割合がぐっと高くなっていますね。。


で、私感です。
私も多くの日本人の例に漏れず、自国が戦争を起こすという事態に対して、どうにも想像力が欠如していて実感ができません。
ただ、今の時点で、その乏しい想像力の中で考えるとしたら。

私は戦うと思います。
ハープーンでも何でもぶっ放すぜ(いやそうじゃなく)。

目の前で家族や大切な人が殺されようとしてるときに、黙って見てられるか、という感じでしょうか。
もちろん、現実にその場に立ったとき、足がすくんで何もできないかも知れない、あるいは「やっぱり自分がかわいい」と見ないふりをして逃げ出すのかも知れない・・・。
だけど、話しても無理な相手だとしたら、黙ってやられっぱなし、では死にきれない気がするのです。
あー、でもそれは「国のため」というより、「愛する人のため」なのかも知れません。
となると、やっぱり私も「いいえ」の部類なのかも知れません。

それでも、一般の国民が戦争やテロについて真剣に考えが及ばないというのは、決して皮肉ではなく、私はすばらしいことだと思うし、全世界の人がそうなるのが理想のような気もします。
甘い?

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コメント

「よく見ろ日本人、これが戦争だ」という言葉にしびれた三尉がやってきましたよ。

弾道ミサイルが隣の国からボカスカ打ち上げられちゃ心配にもなりますやね。田舎に住んでたって東京狙ったやつが燃料尽きて赤城のあたりに落ちるかもしれないし、国民にある意味危機意識を植え付けたのが今回の事件ですわな。きっと福井小説なら今回の騒動も市ヶ谷の差し金の茶番劇、って筋書きになりそうだけど(苦笑)

で、戦うか否か。人間って本来本能的に同じ種である人間を殺めることは生理的に受け付けられないはず。ものすごい嫌悪感を覚えると思うのね。
今各国の軍隊では、敵をハエやゴキブリのようにみなす一種の精神訓練を受けているから、実戦でトリガーを引ける。鬼畜米英と見立てた旧軍も一緒。そう思いこまないとヒトはヒトを殺せないと思うよ。

母の姉の旦那さん…って俺からみたらおじさんかな、かつて南方戦線で戦闘の経験があるんだけど、そんな思想教育を受けた旧軍兵であっても、最初は敵兵とわかっていても狙って撃つことは出来なかったそうです。撃たないと上官に殴られるから、狙ったふりしてはずして撃つ。
殺意。憎悪。それが生まれるのはすぐ隣で共に戦っている戦友が撃たれたり戦死したりした時なんだって。それがあって初めて「このやろう!殺してやる!」という意識が沸き、ヒトを照準に収め引き金を引けるようになるんだそうです。怖い話だけれど、人間ってそうでもならないと人間は殺せないよ。

もし戦闘に巻き込まれるなら、目の前で人が死ぬよりは画面上にあるターゲットをマークしボタンを押すほうがまだいいかも。それはそれで怖いことだけれど。

投稿: 三尉 | 2006.07.14 21:51

>三尉
なんかいっつも、自分の容量を超えた記事書いては後悔してますが(笑)。

そうね、確かに人が人を殺せるようになったり
あるいはある国を敵とみなせるようになるのって
精神訓練とか、あるいは小さい頃からそういう教育でもされないと
まずできないよね・・・。
実際、あのお隣の国を今の私たちは「常識じゃ考えられない」とか思ってしまうけど、
日本も同じように他の国から「考えられない」と思われてたんだよね。
そして、それが遠い昔のおとぎ話ではなく、
私の両親や祖父母など、とても近しい人たちの話なのよね。

>>それがあって初めて「このやろう!殺してやる!」という意識が沸き

うん、これ、とっても納得です。
遠くの国で知らない人が何人死のうが、結局は他人事、
だけど、それが自分の知ってる人だったり、家族や友達だったりしたら
やっぱり私も「このやろう」となるんだと思います。
だけど、私が「このやろう」となって、相手を本当に殺したとする、
すると私が殺した人にも家族や友人がいて
今度はその人たちが私を「このやろう」と思う・・・。
どこかで誰かがガマンしないと、争いはやまないんでしょうか?
でも、そこまでされて黙ってられる人なんているんだろうか・・・。

・・・三尉がくれたコメントを読んで、ちょっと妙な考えが浮かんだのだけど
気が向いたら(笑)、そのうち記事にしようと思います。

今の日本の立ち位置みたく、こういう話をすると
「やーねー、熱くなっちゃってさ~」とか言われて孤立しちゃったりする訳だけど
でも、稚拙であってもこういうこと考えるって
けっこう重要なのかな~とも思ったりします。
ほんと、コメントありがとう。

投稿: しのぶ | 2006.07.15 00:33

しのぶさん、Aloha・・!。

こんな、暑い日にお似合いのAlohaな話題ですね・・(笑。

「自分は・・・戦うざる得ない・・と思います。」

何のため・・・かは少し明白ではないのですが。

「戦わない」の回答は”戦争が起きない”事を
前提にしている気がします。
(モチロン”戦争を起こさない”が最も重要ですが)

喧嘩を仕掛けない平和主義者ならば
喧嘩に巻き込まれることは無い・・・。
ような考え方は通用しない時代に世界は入って
しまって居るような気がします。
(世界も電車の中でも)

日本はもう侵略戦争はしないでしょうが
侵略戦争を仕掛けられて”戦わない”と答える人達は
”戦わない”代わりに”何をする”のしょうか・・・?

三尉が仰るように人間が人間を殺すなんて
これほど愚かしい事は無いと思います。
でも戦争は彼方の国の最後の外交手段なんですよね・・・。
・・・。

例えば、デスラー総統率いるガミラス星人が地球に遊星爆弾を発射して
侵略してきたら戦う・・。というのは大義名分が解り易く
理解し易い”戦争”ですよね・・・。
(アニメだし・・・)

何か、デスラー総統以下をお隣の国に置き換えると・・・
って気がします。


モチロン平和が一番に決まっています、
でも家族や国を侮辱されたらそこがピッチの上でも
反撃しなければ成らない・・・事や立場のの人も居るのです。

自国に向けてミサイル発射されていながら
何もしない・・・。

”誰かが”戦って自分達を守ってくれる・・・と言うのは
チョッと平和ボケ・・かなって思います。
ココログ復旧祝いに長文失礼しました・・・。

投稿: jazz | 2006.07.15 12:35

最近NHKのニュースで見たんですけど、イギリスで同時テロが起こったとき、被害に遭った路線バスでは運転手さんが無事だったんだそうです。その運転手さんは現在も変わらず路線バスを運転してるそうなんですね。

また同じようなことがあったらと思うと怖いのは確かだし、そのときに自分がちゃんと対応できるかもわからないとコメントしてらしたんですけど、でも変わらず路線バスを運転しているということがとても印象深かったです。変わりない日常を続ける──武器を持たなくても、そんな戦い方があるのかななんて思ったりしました(バスの運転手さんはそんなふうに思ってなかったかもしれませんが)

国のために戦うか否か… そんなふうに聞かれても、私は素直に「はい」と答えられないかなぁ。どうしてかは自分でもよくわかりませんけど(汗)もちろん、自分にとって大切な人のために戦うかと聞かれたら「はい」なんですけど。こういうのってほんとに難しい問題ですよね。

投稿: sumi | 2006.07.16 00:38

>jazzさん
ALOHA!!
いやーーー、幕張暑いし熱いし、もう最高の恐竜日和でした~~~。

さて、こんな面倒な話題に丁寧なコメントをありがとうございます。

>>「自分は・・・戦うざる得ない・・と思います。」

そうですね、私もその方が合っているかと思います。
誰だって人と戦いたくなんかないですよね。
だけど、もしも本当にそういう事態になったとき
「私は知らない、何もしない」では済まされないとも思うんですよね。

この人にとっての常識があの人にとっては非常識になる、
この国での「正義」があの国では「悪」になる・・・。
こういう食い違いは、個人単位・国単位で毎日のように見かけることができます。
日本やアメリカでテロリストと言われ自爆テロを敢行する人々も、
母国では殉教者として尊敬され英雄とされていますよね。
アニメのように「ボクは悪者で、これから悪いことをします」と
言って襲ってくるなら話は簡単ですが
実際は人を殺すことを「正義」であると信じてやってくる・・・。
その場合、私たちが彼らにとっての「悪」になるんですよね。
それでも私は甘んじて「悪」になる気はもうとうないし
殴られっぱなしでも笑っていられる程、良い人でもありません。

ただね、「平和ボケ」と言われる日本を「偉い」と思うこともあるんです。
それは、平和を金で買っていること。
あ、決して皮肉で言ってんじゃありませんよ。
例えばお隣の国も、日本からかなりの援助を受けているから
挑発や威嚇はしてみても、本気でかかってくることはない・・・。
日本が多くの国にODAを拠出しているのは、
軍事貢献の代わりのようなものですもんね。
もちろんその金は降って沸いた金じゃなくて、
私たち国民が一生懸命働いて稼いだ大切な血税であるけど
私はむしろ「平和が金で買えるなら安いものだ」とも思う訳です。
あれ?論点がずれた???

>sumiさん
>>国のために戦うか否か… そんなふうに聞かれても、私は素直に「はい」と答えられないかなぁ。

うんうん、それは私も同じです。
実際、そういう教育(国を愛する教育)を受けてもいないし、
私としては日本という国家自体が、
もう「国家」という狭い枠に収まらない領域に進化してるんじゃないかとさえ思います。

なぜなら、「国家」という大義を振り回す国に限って
他国をないがしろにしたり、攻撃する事が多いからです。
私を含めほとんどの日本人は「自国のために」何かをするという意識は確かに低いけど
それは逆に言えば、そんな心配をしなくて良い国だから、だと思うんです。
うーん。うまく伝わるかな?
とにかく、それだけ国が安定している証拠だと思うんですよね。

たとえば、日本は地震に関する研究は世界一と言っても良いし
国民の防災に関する意識もとても高いです。
それは日本がとても地震の多い国だからなんですよね。
地震がない国は防災なんか気にする必要はないわけです。
それと同じで、戦争や内乱が多い国は国民みんなが戦争に対する意識が強い・・・。
なんというか、国民がみんな「国のために戦おう」と思える国は
国のために戦わなければならない危険性が高いから、だと思うんですよ。
そんなことを考えずに、変わりない日常を続けられる国。
それって、ものすごく誇れることじゃないかな、と。

・・・ただ、jazzさんもおっしゃっているように
これからもずっとこの平和なままでいられるか、となると
そろそろ怪しい時期に入ってきた、と私も思ったりするわけで・・・。

投稿: しのぶ | 2006.07.16 02:50

戦う理由はやっぱり「愛する人のため」じゃないかな?
最近の自衛隊のキャッチフレーズ(?)も「守りたい人がいる」ですからね。この言葉は単に自衛隊の存在を擁護したい為だけに作られたのか、それともこれからの自衛隊のあり方を真剣に考えて作られたのかはわかりませんが、今の日本国民にしっかり受け止めてほしいフレーズに(偶然にも)なったと思います。
そもそも「もし戦争が起こったら国のために戦うか」っていう設問はおかしいと思います。
「もし戦争が起こったら戦いますか?」「戦うと答えた方、それは何の為ですか?」こうしたほうがいいんじゃない?

投稿: かざ | 2006.07.16 12:41

>かざさん
国民全員を一致団結させて「戦争」という目標に向かわせるには
思想教育や精神訓練が有効なんでしょうけど
最後の最後で、個々の人の目的は「愛する人のために戦う」となるんでしょうね。
「国のために戦う」のは大義名分であって
その国には愛する人がいて、愛する故郷がある・・・。
もちろん中には金のために戦う人や、単純に刺激を求めて、という人もいるでしょうが
そんな人は本当に一部の、あえて言うなら「変わり者」であって
ほとんどの人は自分の身近にいる誰かを守るため、なのだと思います。

>>「もし戦争が起こったら戦いますか?」「戦うと答えた方、それは何の為ですか?」こうしたほうがいいんじゃない?

うんうん、今の日本の状況ならその方が答えやすいでしょうね~。
これは恐らく、もともと日本国民に国家帰属という考えがないこと、
(あったとしても明治から第二次大戦までの短い間だけでしたね)
そして、現在まで60年間という長い期間、戦争も内乱もない平和国家だったから、
というのも大きいんでしょうね。

ただ、この設問で「はい」と答えた人がとても多い国もあるんですよね。
私はこれは民主主義か社会主義かの違いなのかなと思ったんですが
表を見てみると、案外そういう訳でもなさそうです。
それから特に国内外の情勢が影響してるわけでもなく
かといって、発展途上国かというとそうでもない・・・。
「お国柄」と言うか、長い歴史の中で培われた精神性の違いでもあるんでしょうか。

投稿: しのぶ | 2006.07.17 01:57

しのぶさん、とっても興味深い話題だったので私もちょい考えましたよ。で、トラバさせていただきます!

思うんですが、この調査結果って「国旗への忠誠心」に反映するんじゃないかって。過半数以上が「はい」と答えたアメリカは、どっちかというと自分の国(政府じゃなくって)に忠誠心があるっていうか、自分達で建国した国っていう誇りに忠誠心があるように見えるんです。まあ、でも一概には言えませんけど…
やっぱり、その国の複雑な歴史と現在の教育システムとかいろいろな事情が要素になった結果なのでしょうね。(あ、なんかまとまり無い意見になってしまいました…)

ともあれ、私も最近の日本が心配です。北朝鮮にいつまた何か仕掛けられるか… そうならない事を祈るしか出来ませんがね。

投稿: endunham | 2006.07.20 00:16

>endunhamさん
すいません(笑)、endunhamさんのブログへのコメントで
力尽きてしまいました(笑)。
「国旗への忠誠心」ですかあ。
その国旗というのが何を象徴してるか、にもよってくるでしょうね。
旗はあくまでデザインであり、象徴である訳ですが
それが何を象徴しており、また国民がその対象にどれだけの思い入れがあるか。
確かにアメリカという国はまだまだ若い国だから
みんなが一丸となって何かを成し遂げようという気概は
他の国と比べても強い方なのかも知れません。
ただ、個人的には今のアメリカのやり方も、またどうなのか、という気もしていますが。

それにしても、endunhamさんのブログでも書いたように
生きとし生けるものすべては、争うようにプログラムされているものなのかも、
という気もしています。

あ、あと、日本の「村社会」とアメリカの「州制度」とは
全く意味合いの違うものだと思います。
日本の「村社会」というのは、あくまで顔が見える人々の範囲であって
州や都道府県ほど広くはないみたいです。
本当に、「どこどこさんちの、誰々さん」みたいな狭~~い範囲です。
「村八分」なんて言葉もあるように
日本人の仲間意識というのは、とっても狭いみたいですね。
これが東京の大都市みたいになると、またちょっと状況は変わってくるみたいですが。

投稿: しのぶ | 2006.07.23 03:48

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