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2007.05.11

あぐらで茶道

茶道というのは基本的には堅苦しいものです。
青汁の原液みたいな抹茶を飲むだけのために、30分近くも亭主のもったいつけた所作を眺めてなければなりません。
しかも、その間はずっと正座を続けなければならず、たいていの人は一席終わると立てなくなったり、しばらく歩き方がおかしくなったりします。


茶道って、利休のころから全く変わってないかと言うと、実はかなり激しく変化してるんですよ。
道具の種類も、お点前の方法も、当時と比べるとものすごく変わったし、新しい点前もどんどん考案されてるんです。

明治時代に入って、外国の人を茶席に招くようになったとき、初めて、立礼(りゅうれい)という椅子に座って飲める点前が登場しました。
裏千家茶道において、正座以外で茶を飲めるのは、この立礼だけでした。
立礼は外国人にはとっても評判がよくて、私が参加した茶会でも、多くの外国のお客さんが椅子に座っておぼつかない手つきで茶を楽しんでらっしゃいました。
正座でがんばる方もいましたが、最後の方はガマンできずにあぐらをかいてました。
もちろん、それを許されるのは外国の人だけで、日本人が茶席であぐらなんかかいたら、「もう来るな」って言われちゃうでしょう(笑)。

私の教室には60歳を越えて茶道を習い始めた方がいらっしゃるんですが、膝の調子が悪くて正座を続けたり立ち座りがとてもつらそうでした。
日本人だって「正座が大好き」なんて人、そうそういませんもんね。

そこで登場したのがこれ。

千宗室家元があぐらでの点前考案、座礼用の茶道具を発表 : YOMIURI ONLINE

あぐらでお茶を飲む「座礼」だって。
元記事に「座礼」の写真があるんですが、「立礼」のテーブルがちゃぶ台になった感じです。
左の方が茶を出す人で、右の人がお茶を飲もうとしてる、てな感じですね。
(奥の着流しの人が家元です、パパそっくりになったね)

教室を開いてる先生方が聞いたら、「おいおいおい」とかツッこみそうですが(笑)。
私も初めて聞いたときは、軽く引いてみましたよ。
堅苦しくない方法を考えたのは良いけど、ちょっとくだけ過ぎでしょ~。

でも、うちの先生は、割とドライに受け取ってらっしゃいました。
「今の代のうちに何かひとつ、成果を作らなきゃいけないんじゃない?」
安倍さんが自分の代のうちに憲法改革したいと思ってるようなもんか?

和服であぐらかいたら、パンツ丸見えじゃん。
まあどっちにしても、女性はこの「座礼」をやることはないでしょうから、この記事を読んで「茶道習おう」なんて考えても無駄ですよ>男性のみなさん

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コメント

うむ、読み進めて「これからはやっぱチャドウだよチャドウ、写真の次はこれっきゃない!」と思ったけど末尾で軽く叩きのめされてみたよ(^_^;
欧米圏に珈琲や紅茶でこういう文化はないのかな、とふと思ったりしました。

投稿: 三尉 | 2007.05.11 07:47

 和服であぐらかいたら、パンツ丸見え、、、ってのはいけません。正しい和服はパンツはいちゃいけません。

投稿: 南郷力丸 | 2007.05.11 17:55

>無駄ですよ>男性のみなさん
おお、突込みどころはそちらだったんですね。それにしても、これじゃあ床に手をつくときにいちいち体をずらさなくてはいけないから不便ですね

投稿: みら | 2007.05.11 22:03

こんにちは。
世の中も変わってきてますね。

>和服であぐらかいたら、パンツ丸見えじゃん。
和服は来たことないけど、旅館では浴衣を来てあぐらかいて大広間で食事しても、パンツは見えないですよ。
多少はチラリしてるのかな。

投稿: mi84ta | 2007.05.11 22:54

>三尉
茶道って、ハマる人はハマるけど、ダメな人は徹底的にダメなんだろうなあと思うよ。
「茶を飲む」という単純な行為に、ここまで精神を集中させるという行為を
どう受け取るか、みたいな。

夏になると、みなさん薄着になるでしょ。
胸のあいた服とか、丈の短いスカートとか。
その服装で正座したりお辞儀したりするとね・・・・。

>>欧米圏に珈琲や紅茶でこういう文化はないのかな、とふと思ったりしました。

ああ、言われてみればそういうのは欧米では聞かないよね。
中国とか韓国はどうなんだろう??
この辺は南郷さんが詳しいだろうなあ・・・・・・・・。


>南郷さん
てな訳で、どうなんでしょう?

確かに和服にパンツはいけませんね。
家元みたいな着流しだったら、あぐらってちょっとカッコイイかも。
そういえば、時代劇とか見ると、戦国時代あたりまでは
男性はあぐら、女性は立て膝みたいな座り方をしてますね。
正座っていつからやるようになったんだろう?


>みらさん
そうなんですよ、私もお辞儀をするとき、どうやるんだろう?って
ちょっと疑問に思ってみました。
男性なんで、膝頭に手をおいてお辞儀する感じになるんでしょうか。
あと、お茶を点てるとき、泡立て器みたいなのでシャカシャカ混ぜるでしょ。
あれって、実は机の上でやったり、あぐらかいてやると
とっても混ぜにくいんですよね~。
その辺は、ちょっと練習が必要になりそうな気がします。


>mi84taさん
ほんと、こうして歴史は追加されてくんでしょうねえ。
他はどうだか知らないけど、茶道って家元の一言が勅命みたいなもんで
もう絶対の権限を持っているので、
意外と関係者は疑問を言うでも反対するでもなく素直に受け入れてるみたいです。
日本人て案外そういうものなのかなあ。

>>旅館では浴衣を来てあぐらかいて大広間で食事しても、パンツは見えないですよ。

いや(笑)これが案外、少し離れたところから対面で見ると
「あららら」だったりするんですよ~。
席が盛り上がってきて、だんだん乱れてきたあたりが危険です(笑)。
特に女性はお酒が効いてきたなと思ったあたりで、
少し裾を直した方がよいかも知れませんねっ。

投稿: しのぶ | 2007.05.12 01:19

ほんとだ。写真の中も男の人しかいませんよ(笑)それに、お茶をたてる人と楽しむ人はあぐらをかいてるけど、先生はきちんと正座してるんですね。着物だからでしょうか。
成果になる… といいですね (^^;

このページでは「茶道の発展とともに生まれた」って書かれてますけど、
http://www.navipara.com/column_r3/backnum/clmr3109_1.html
神前・仏前の礼拝の形を茶道が取り入れたってことなのかな。いちばん影響があったのは徳川家の作法に取り入れられたことみたいですよ。

投稿: sumi | 2007.05.12 12:59

あ、「正座が広く認識されるのに」いちばん影響があったのは、です~ (^^;

投稿: sumi | 2007.05.12 13:01

>sumiさん
おおお、さっすがsumiさん!
茶道が正座の元になっていたとは私も初めて知りましたよ~。
うん、きっと最初は仏前の礼拝の形だったんでしょうね。

ずっと前に先生に言われたんだけど
「座ったとき、つい背筋をシャキーンと伸ばしてしまうけど
本当はもっとゆったりと、菩薩座像のように
柔らかく座るのがよい」のだそうです。
ところが、正座をするとどうしてもシャキーンとなってしまうんですよ。
だから、もしかしたら本来は菩薩様のように
あぐら(座禅のかたち)か、立て膝が正しかったのかも知れませんね。
ただねえ、実際お茶を点てるときって、あぐらをかくよりも
正座した方が上手にできるんですよね~。
まあ、このあたりは、時代が移るとともになんとなく変化してったのかも知れません。

今度先生に聞いてみようかしら。
んでもこんな質問、先生も迷惑だろうなあ(笑)。

投稿: しのぶ | 2007.05.13 01:18

 中国には「工夫茶」ってのがあったと思います。と言っても、美味く飲むためのノウハウという感じで、日本のようにライセンス商法化したもんじゃないと思います。韓国は気候や仏教が一時廃れたんで「茶」自体がマイナーだったんじゃないかな。
 まあ、たかが一流派のボンボンが今さら何をしようと、既にエスタブリッシュされたプロセスがあるんだし、一方で、茶を出す方と飲む方が納得できてりゃ、アグラでも逆立ちでもいいんじゃないのかな。

投稿: 南郷力丸 | 2007.05.13 09:21

>南郷さん
「工夫茶」は確かに日本の茶道とはだいぶ趣が違いますね。
日本の茶道の場合は、茶そのものの味を楽しむというよりも
手順とか作法とか、過程に重点を置いてるというか。

>>茶を出す方と飲む方が納得できてりゃ、アグラでも逆立ちでもいいんじゃないのかな。

うん、逆立ちはさすがにお茶が逆流しそうだけど
要は「おいしく飲めれば」良い、というのは分かるんです。
後、日本では体裁とか体面を重んじる傾向があるように思うので
「人によく見せよう」とあれこれやっていたのが
いつのまにか「人に自慢しよう」に転嫁されてきたってのはあるかなあ。

ただ時々、「飲めればなんだっていいじゃん」とい言葉は
作法を重んじない人の言い訳に聞こえることもあります。
基本的なことを理解してる人が言う分には良いけど
何もしないで「なんだっていい」は言うな、みたいな。

投稿: しのぶ | 2007.05.14 10:30

 喫茶というからには、喫するもの、つまりは、空気と茶を読むわけですから、流派公認の作法とやらだけに囚われちゃ、かえって不自然な場もあるわけで。
 「飲めればなんだっていいじゃん」というのは、茶を飲むものとしか考えていないんですね。それならノーパン喫茶の存在意義はないわけです。 「茶しばく」というのもあるな。

投稿: 南郷力丸 | 2007.05.14 16:45

>南郷さん
日本における茶道というのは、
「茶を飲む」のが大切なんじゃなくて
「茶を飲む行為」そのものが重要なんでしょうね。
茶を1つのツールとした精神修養、と言えば聞こえは良いけど
それプラス、大人の政治的事情みたいのもあるんでしょうか、
数年続けてみて、疑問に思う点も数知れず・・・。
かといって、やめる気がないのも事実で、
やっぱり一週間の区切りみたいな感じで楽しくやってはいるわけです。
まあそれは、茶道じゃなくても、
写経とか能力開発セミナーとかでも良かったのかも知れませんが。

>>「茶しばく」というのもあるな。

ドキドキしながら検索しちゃったよ。

投稿: しのぶ | 2007.05.16 22:33

利休を筆頭とする茶人や客として呼ばれた武士が、茶席で正座してたか否かが定かでないと何処ぞの本で読んだ気がしますね…。 正座するようになったのは、どうも江戸時代の初めから中頃にかけてとか。
寛ぐ為の茶席という点では、ある意味原点回帰なのではないでしょうか?

投稿: TTT | 2017.02.02 11:50

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