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2011.03.23

立派な防波堤を造っても自然には勝てないよ

青森から千葉までの太平洋沿岸はきれいさっぱり無くなってしまいました。
それでも人は強い生き物。
イライラするほどゆっくりではあるけれど、救援の手は着実に伸びてきました。
阪神・淡路大震災や新潟中越地震の経験を生かした努力もいろいろされているようです。

上記の時と違うのは、被災地がとてつもなく広範囲なうえに、アクセスが平常時さえ(汗)悪い場所が多いので救援の手が届きにくいんですね。
山1つ越えると風習・方言が違う、というのも、行き来が難しい立地ならではの特徴でしょう。

そして何より、津波による被害があまりに多いこと。
特に岩手県は、海のすぐそばまで山が切り立っているので、ほんのちょっと海から離れた場所、つまり津波の被害から免れた場所は驚くほど被害が少ないのです。

神戸の時のような直下型の地震はもう避けようがないけれど、津波はそれなりに防御できると思うのです。

方法はたった1つ、「津波が来ないところに逃げる、津波が来ない高台に住む」ことです。

沿岸に住む人の中には、昭和8年の昭和三陸津波、昭和35年のチリ地震津波、そして今回と、家を流されるのはこれで2回目3回目という人も少なくないと思います。
50年に1回は家を流されるような場所に、これからも子孫を住まわせられるのか。
50年後、また子供たちに同じような思いをさせられるのか。

三陸地震大津波2: SHINOblogや、地震のこと: SHINOblogなどで紹介してきた沿岸の防潮堤・防波堤はほとんど壊れてしまいました。
もちろん、防波堤が身を挺して波を受けたおかげで被害が軽減された場所もあったかも知れない。
だけど、世界一の防波堤とか言ったって、結局受け止めきれずに多くの大切なものが流れちゃったし、脆弱な場所は根こそぎ持ってかれちゃったじゃんか。
それなら、また新しい防波堤作ってまた壊されるより、そのお金で山沿いを造成して宅地を造る方が良いんじゃないのか?
もちろん海の仕事をしてる人もたくさんいるから、全員が海を捨てる訳にはいかないでしょう。
住み慣れた町をそう簡単に離れられないのも分かります。

でもね。

どうせほとんどの沿岸の町は最初っから造り直しです。
せめて住む家だけでも高台に作り直して、津波の及ばない場所に住んでほしい。
海岸から歩いて避難できる場所に3階建て以上の堅固な建物を造って、建物ごと流されるようなことのないようにしてほしい。
数十年後、必ずまた大津波はやってきます。
これからも沿岸部に住み続ける子供達を、「ここなら津波の心配だけはないね」と安心させてほしい。

ふるさとを、沿岸の町を捨てろと言ってるのではありません。
だけど、町を指揮する庁舎や防災拠点が流されてしまったら、どうにもならないでしょう。
せめてもうちょっと海から離れた場所に生活の拠点を置いてほしい、死なずに済む人まで巻き込まないようにしてほしい。
もう二度と、こんな思いはしたくありません。

・・・いかんねえ、11日からずっと、悪い知らせばかり聞かされた毎日だったので、さすがに軽く(?)切れちゃいました(汗)。
まだまだ先は長いもん、がんばらなきゃないねっ。

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コメント

nikko81です。

人間は過去の事例から、想定した災害への
耐性を築くようには、できるのかもしれないけど
それを上回る力が来たらどうしようもない。

ホントに未来永劫、津波から守るのは、
それこそ、100mの津波にでも耐えられる
防波堤を作らないといけないかもしれません。

でも、そんなの来るか?来なかったら、
ただの無駄遣いなんじゃないか、といって
たぶん作らせてもらえないでしょう。

自然に勝てない・・と早々に白旗を
上げないまでも、大津波が来て逃れられない
可能性が高い前提で、街づくりを
する必要があるかもしれませんね。

投稿: nikko81 | 2011.03.24 00:34

>nikko81さん
コメントありがとうございます。

あれから私もいろいろ調べたんですが
奥尻でも津波の後、海が荒れて漁業が大きな痛手を受けたそうです。
山林を切り崩して開発した結果、山林から栄養が海に流れてこなくなり
近隣の海の水質が悪くなってしまったそうです。

今回の津波で漁場も荒れ、魚が戻ってくるかも分からないとのことです。
釜石港に流れ込む川なんか、秋口なんかは鮭が大量にのぼってきて
川面が鮭で覆い尽くされ、ウミネコたちが狂喜してたんですけどねえ・・・。
(さすがにクマはいませんが 笑)

今回のことで、せめて行政の施設や宅地は津波の被害の及ばない場所に、
という案は必ず出ると思います。
ただ、実際にそれを実行に移すとなるとものすごく難しい事業になりそうですね。

テレビで、多くの人が「それでもここに残ってがんばりたい」と言っているのを見ると
無理矢理新しい町を新しい場所に作ったとして
先祖代々住み続けた人たちは喜んでくれるのだろうか。
なんてことも考えてしまって、
やっぱりどうしたら良いのか分からなくなってしまいます。

てかねえ、何もできずにいる自分にも
ちょっと腹が立ってる部分もあるんですよね~。

投稿: しのぶ | 2011.03.25 23:33

>だけど、世界一の防波堤とか言ったって、結局受け止めきれずに多くの大切なものが流れちゃったし、脆弱な場所は根こそぎ持ってかれちゃったじゃんか。
それなら、また新しい防波堤作ってまた壊されるより、そのお金で山沿いを造成して宅地を造る方が良いんじゃないのか?

地震直後からずっと久慈市で仕事してたかざです。ご無沙汰してます。某役所関連で災害支援で設備復旧作業、余震の最中あちこちの漁港までおりて修理してました。海沿いの設備は全滅でしたが、なんとか復旧させてきました。
いろいろと意見お持ちでしょうが、今回は完全な想定外。防波堤が役にたたない、なんて言ってはいけないと思います。波が乗り越えてきたとはいえいくらかでも被害は少なくなったんじゃないかな?実際、この目で見たものはそりゃ悲惨なものでしたけれど(中国の支援隊いわく「爆撃にあったよう」)、「お、以外と無事だったな」ってものも存在してました。
高台に宅地造成しても高い堤防を作っても、またまた想定外の事故がおきたら同じでしょ?そのときも多分世間は同じことを言うでしょう。
当時は当時でいろいろと話し合って研究して最善と思われる方法をとったのですから素人やほかの土地のものが口を出してはいけない。地元民の意見も尊重して今の形になったんだからね。(今は批判厨と不謹慎厨が多すぎですね。だったら口出す前に改善案を出してくれよ。)
とにかく今は防災体制を見直すことも大切ですが、「いまからできること」「立て直すこと」が優先です。「あのときこうしてればよかった」というのはたしかにそうだけれど、かけがえの無いものを失った人の気持ちの全部は私には到底解らないけれど、生き残ったものとしてこれからできることをそれぞれでできる範囲でやりたいと思います。

投稿: かざ | 2011.03.27 11:16

>かざさん
mixiでずっと見ていました、お疲れ様でした。

家族と親戚を家ごと失い、カッとなってしまいました。
不快に思われたらすみません。
実際、防波堤は何の役にも立ちませんでした、家族を守ってくれませんでした。
「こうすれば良かった」ではなく「こうしてほしい」と言っています。
私は東北地方に義援金は出しません、生き残った家族の立て直しに使います。

投稿: しのぶ | 2011.03.27 18:58

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