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2011年5月の11件の記事

2011.05.26

最近わからないこと

東京電力がなぜあそこまで批判されるのか、いまいち分かりません(汗)。
東京電力だって被災者なのに、なんであんなにタコ殴りにされるの?

海の目の前に原発を造ったから?地震や津波に対する対策を怠ったから?その後の対処が悪かったから?

それならですね。
海の目の前に拠点を作って、いの一番に流された警察署とか役所とか自衛隊の基地とかが、そのために救難活動できなかったことは批判されないんでしょうか?
地震のあと、ソッコウで内陸に避難した沿岸役場の職員は批判されないんでしょうか?
避難者ごと流されるような場所に避難所を造って大量の犠牲者を出した自治体の責任は?
沿岸に社屋を作って自社も大損失を出したうえ、大勢の失業者を出した被災企業の責任は?
先人の「これより下に家を作るな」の教えを無視して家を作り、流された人は?
大津波警報が出てたのに、「大したことない」「ここまでは来ない」と逃げなかった人は?


「なにもかも想定外だったから」
東京電力にとっても想定外だったはずです。

「大勢の人に迷惑をかけたから」
大勢の住民を守れなかった避難所や自治体や警察・自衛隊は?
私は今でも、屋根まで水に浸かるような場所に防災センターを作って大勢の犠牲者を出し、しかも後になって「あれは津波のための一次避難所ではなかった」と言い訳している釜石市を許せずにいます。


私たちが電気に不自由を感じず生活できるよう電力会社は電気を作り続け、その恩恵を私たちは散々受けてきました。
もちろん、原子力発電の存在そのものについては、以前から疑問がありました。
満足に制御もできないような物に手を出すことの危険性はみんな充分分かっていたはずです。
それでも、多くの人が「原発は必要だと思う?」という問いに、「危険だとは思うけれど、今は代替がないから仕方ないと思う」と答えていたでしょう。
そして、代わりになるものを探す努力をしなかった、節電は必要と分かっていても努力をしなかった私たち国民に責任はないんでしょうか。

「国が責任を持て」と言うけれど、「国」とは私たちそのものです。
「日本」は、日本人である私たちがお金や知恵を出し合って形作っているもので、誰か奇特な人が善意でお金出してくれてる訳じゃありません。
つまり、責任を持つのは私たちではないでしょうか。

国策として、つまり私たち国民の意思として、各電力会社は電気を作り続けてきました。
もちろん、東京電力には、命をかけてこの事態の収束に努めてもらわなくてはならないでしょう。
そのために、国民みんなが電気を消して協力しています。
電力会社には、なんとしてもがんばってもらわなきゃいけないから。

しかし今の、ヒステリックとも思える東電批判が、やっぱり私には理解できずにいます。
・・・でもなあ、これって「みんなやってんだからいいじゃん」的な考えなのかもなあ。

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2011.05.23

女子テコ

「テコでも動かない女子」ではありません(笑)。
女性用のステテコですよ~。

今年の夏はいかに冷房を使わず快適に過ごせるかが、大きな課題ですよね。
最近はかわいい部屋着がたくさん売られていますが、ついに、ワコールからこんな部屋着まで登場しました。
女子のステテコ 女子テコ | ワコールショーツプラザ
綿100%の楊柳(ちぢみ)生地で、バカボンのパパが着ていたのと基本的には同じ素材です。
でもどうよ!このかわいらしい素材感!!
これに、最近ハヤリの腹巻きでも巻いたらカンペキじゃございませんか?

女子テコ

そういえば昔、私のお父さんてば週末になると庭先でステテコ姿で黒塗りのグロリアを洗車をしてたんだけど、男友達がそれをみかけて「俺もあんなオッサンになりてえ」とか言って心からうらやましがってましたなあ。
・・・あれ??・・・うらやましがってたんだよね(笑)。

今年は扇風機も良く売れてるらしく、私の会社でも何台か買ってましたよ。
我が家は20年ものの扇風機がまだ元気に働いてくれてるんで、当分コイツにがんばってもらいます。

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2011.05.22

ブロック分解ゲーム

久しぶりにネットでゲームです。
もちろん、無料のパズルゲームだよ。

箱根細工みたいに複雑に組み合わせられたブロックを分解しましょう~。
Interlocked

「Interlocked」とは「連動」みたいな意味ですね。

この画面が出たら「Play」をクリックして好きな面を選びます。
最初は1面と2面しかできないけどね。
20110522_1

左下のマークが目の形のときは、ブロックをつかんでクルクル回せるので、どこから抜いたら良いか観察しましょう。
20110522_2

抜く場所が判明したら目のマークをクリックすればアイコンが手の形になるので、ブロックを引き抜きます。
右上のブロックをクリックするとワンポイントアドバイスをみれるよ。
20110522_3

最初はけっこうなんとかなるけれど、4面あたりから頭が沸騰しそうになります。
どうがんばっても14面ができませんよ(大汗)。
YouTubeでInterlockedで検索すると解答がみられるけど、そういうズルはいけません(笑)。

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2011.05.20

釜石市鵜住居町

4月15日に撮影した1枚です。
さすがに1ヶ月も経っているので、道路も駐車場も瓦礫が撤去されていましたが、ここから奥(画面左)に100mほど行くとまだ道路はふさがれたままでした。
20110519_2
画像をクリックすると別ウィンドウで大きな画像が開きます(1200×900px)。

右端(エルグランドの手前)に見えるのが鵜住居地区防災センター。
道路手前には根元から折れた電柱がそのまま放置されています。
鉄骨がむき出しになっている建物は旅館、その右横の黄土色の建物は、帰省したとき東京に宅配(洗濯物ですな・・・)を送っていた写真屋さん。
左端にちらっと見えるのは鵜住居駅のホームにある駅舎でしょうか。
道路の向かい側にも家が並んでいましたが、全部流されました。
この道路から駅が見えるなんて想像したこともありませんでした。
斜めになってる民家は元々ここにあったものではないかも知れません。

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2011.05.12

無停電電源装置

この夏は関東・東北だけでなく、中部地方も過酷な節電を強いられそうです。
一発の津波で国が傾くとはね・・・。

私の自宅では、リビングなど良く使う場所の照明器具はかなり以前から電球型蛍光灯にしてるんですが、実は廊下や玄関口など、まだ白熱球の場所もあります。
これも近いうちLEDに変更する予定です。

さて、私はずっとノートPCを使ってたんですが、半年ほど前にデスクトップにしました。
今は携帯でネットらしきこともできるし、ダンナはスマートフォンだし、小さいノートPCもあるので、動かさなくても良いからちょっと力のあるPCが1台あると良いなと思ってたのです。
ところが、今はデスクトップPCにしたのを少し後悔しています。
地震の後から数日は自宅勤務になったんですが、計画停電のせいでパソコンを全然使えなかったのです。
計画停電って、たとえば5時から始まるって言ってても、実際には多少前後するじゃないですか、ヘタすると結局停電しなかったりして。
だもんで、早めに電源落としておかないと怖くて仕事にならないのです。

そこでダンナ様が買ってくれたのが、OMRON 無停電電源装置(UPS)
BY50S
大きさは幅9センチ、長さ28.5センチ、高さ16.5センチ。
ティッシュ3箱くらいの勢いかな。

これは停電したときに数分間だけ電源確保して、その間にパソコンをシャットダウンしてくれるというものです。
だから、計画停電の間ずっともってくれるものではありません。
数時間ももつバッテリーはお値段もサイズも大変なことになるもんね。
これなら予期しない停電が起きてもPCがぶっ壊れる心配はなさそうです。

こんな感じで、机の下にいます。
蹴らないよう気をつけます
いつか役に立つ時がきっと来るでしょう、しかもけっこう近い将来。

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2011.05.11

お土産はかもめの玉子

岩手から帰って、すっかり気が抜けてしまいましたが、東京はいつもの平和な毎日が繰り返されています。
私が釜石に行く意味は墓参りだけになってしまいましたが、無事でいる親戚もたくさんいるし、釜石も良いところだから、また旅行がてら出かけられたらと思います。
そういえば、実家が近所にある私は、「帰省」の意味が分からなくて、遠くに実家がある人に
「なんで帰省するの?連休は旅行に行けないなんて、つまんなくないの?」なんて聞いて回ってましたなあ。
でも、いざ岩手に家族ができてみれば、私もきちんと帰省していましたよ。
「なんで」って聞かれたら、「帰るとこがあるから」って答えたんだろうなあ。

さて、釜石市のお隣に大船渡市があるんですが、ここには「かもめの玉子」で有名な「さいとう製菓」があります。
沿岸にある本社は津波で屋根までつかって、高台にあった工場も津波こそ受けなかったものの地震でそうとうな被害を受けたそうです。

さいとう製菓の本社、建物は綺麗に残ってるように見えますが、中はなにもかも流されて何もありません。
さいとう製菓

それでも従業員は全員無事だったとのことで、4月20日には製造を再開、私も道の駅などのお土産屋さんで嬉しい姿を発見しました。
紙袋が嬉しい

今や「かもたま」はあまりに有名になりすぎて、東京のスーパーでも売ってたりするので、お土産に持って帰ってもありがたみを感じてもらえないのですが(笑)、今回は会社の人たちもものすごく驚いてくれました。

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2011.05.06

釜石市唐丹

釜石市唐丹
防波堤は完全に破壊

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2011.05.04

北上と言えば清次郎!

北上と言えば清次郎!
三陸の海の幸がないのが寂しいですが、満腹!

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再び釜石へ

なんか最近いつも急なんですが、そういう訳で行ってまいります。
前回と同じように、明日は内陸で一泊して翌日釜石に入るんですが、前回と違うのは寝る場所をすでにお借りできていることでしょうか。
そして、前回は持ってった物がハンパなく多かったけれど、今回は自分たちの荷物だけになります。

ゴールデンウィークということで、帰省や見物客などでかなり混雑しているようですね。
いろんな意見もあるけれど、私はたとえ物見遊山であっても、見てもらって良いかなって思っています。
しっかりと見て「明日は自分たちも同じことにならないとは限らない」と、しっかり気を引き締めてもらって、対処できることは対処してほしいと思います。

どうやら6日に天皇陛下ご夫妻が釜石にいらっしゃるようなんですが、あの方たちもあまり大騒ぎしない方たちだし、私たちもなるべく迷惑にならないよう気をつけようと思います。
ま、お会いすることはまずないですけどねっ(笑)。

それでは気をつけて行ってきます!!

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2011.05.02

おじぎ草を買ったよ

あっという間に5月に入り、初夏っぽい雰囲気も出てきましたよね。
花屋の店先も色とりどりの花があふれて、思わずいろいろ買いたくなっちゃいます。
私もこないだストレプトカーパスを買ってから火がついちゃいました(笑)。

ただ流行りの花を買うのもアレなんで、オジギ草を買っちゃいましたよ。
まだ小さい
じ、実はオジギ草、この冬に種で買っていたのですが、あれってまき時は3月からなんですよね。
私は待ちきれなくて2月中旬に蒔いてしまい、全然芽が出なかったのです(涙)。
そして、あの3月11日に棚から落ちて部屋中に土をまき散らしておりました~っ(号泣)。
だもんで、コイツはリベンジ!
オジギ草は雑草に近いものがあるので(笑)、きっとスクスク育ってくれるでしょう。

もうひとつ、これはブルーデイジー。
そういえばデージーカッターってもう使われてないの?

デイジー(ヒナギク)の遠い親戚ではありますが、葉や花の形がけっこう違います。
ヒナギクは花が八重ですが、ブルーデイジーはどちらかと言うとマーガレットに似た感じですね。
薄紫がかわいい

今はまだヒョロヒョロと花がまばらに咲いてるだけだけど、もうちょっとしたら一気に爆発しそうな予感がしますよ~。

最近本当に花屋の前を通るのが怖いです、また買ってしまいそうで(爆)。

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2011.05.01

震災時に使えたメディア、ダメだったメディア

3月11日の昼過ぎ、私は東京でいつものように会社で仕事をしていました。
始めは大したことなかったのですが、揺れはどんどん大きくなり、これはマズイとみんな机の下に潜ったり、出口付近の人はコートを着て脱出する準備を始めていました。
かなり長いこと揺れが続いたので念のために作業中のファイルを保存して(笑)外に避難しました。
その後も何度も何度も揺れが来て多くの人が屋内から出てきており、車も道路上で停まっていました。

ここから社内の全員が、家族に連絡を取ろうとし、情報を得ようとしはじめます。
もちろんいろんなツールを使って、家族や親戚の安否を確認しようとしたのですが、それぞれ一長一短がありました。
その中のいくつかをまとめてみましたよ。

■携帯電話、メール
会社と会社の間では比較的通じていましたが、携帯は地震発生から1時間は全くアウト。
携帯の災害用伝言板もi-modeに繋がらないので使い物になりません。
ダンナの携帯には2時間後くらいに連絡が取れ、東京武蔵野にある私の実家の家電にも2時間後には通じました。
歩いて帰宅する最中、なぜか何度も圏外になり、夜中に自宅に着いた時にようやく回線が安定、大量のメールと留守電がなだれ込んできました。
当然ながら岩手県釜石市へは全く通じず、現在でも場所によってはかかりません。

■ネット
東京にいる分には何の問題もなく使えましたよね。
三陸にとてつもなくデカイ地震がきて大津波警報が出された、という情報はまずネットで知り、目の前が真っ暗になりました。
三陸沿岸の市町村サイトはサーバーが壊れたり流されたためでしょうか、すべてNotFoundに。
海沿いや内陸に設置されていたウェブカメラもダメ元で見てみたのですが、やっぱりダメでした。
Googleのパーソン・ファインダーで釜石に住む親戚の名前を片っ端から登録しましたが、2日後あたりまでは「私も探しています」の返事しかもらえませんでした。
ツイッターもブログも掲示板も、「人を探している」「あそこはどうなった」ばかりで、現地の人からの情報はただ「沿岸がえらいことになってる『らしい』」のみ。
悪質なデマもものすごかった、あれは悲しいを通り越して同じ日本人として情けなくなりますね。
初めて親戚の無事が確認できたのは震災から3日後、親戚を保護してくれた見ず知らずの方からのパーソン・ファインダーへの書き込みによってでした。

■テレビ
さすがにテレビ回線は強いですね。
津波の第一波が釜石に到達した様子はリアルタイムでワンセグで見ました。
携帯でワンセグをちゃんと見たのは、携帯を買ってから初めてでしたが(笑)、その初めてがけっこう役に立ちました。
ただ、ものすごい勢いでバッテリーを消耗するので、あまり長時間は見られません。
私の親戚が釜石にいることを知っていた社員が「あなたは電池を無駄遣いしないで私のを使いなさい」と携帯を貸してくれました。
歩いて帰ったときも沿道の電気屋さんが街頭にテレビを出してくれていて、気仙沼が炎に包まれるのを私を含め帰宅困難者全員で呆然と見ていた記憶があります。
中心街や報道が入ったところの被害状況は刻々と入ってきましたが、親戚が住む地域などピンポイントの状況は、「あそこにここまで波が来たってことは」と想像するしかありませんでした。

■固定電話
ほとんどお会いしたことのない遠い親戚からも連絡がきましたが、いずれも「誰々の安否は分かるか」というものばかりで、とにかく現場の様子が分からない。
こちらも親戚との連絡が取れたのは3日後以降。
いずれもあまり喜ばしい情報ではありませんでしたが、とにかく詳細が分かったのはかなり経ってからでした。


結論として、「ネット・携帯は災害に強い」という話は私にとって全く当てはまりませんでした。
基地局が被災した現地はともかく、単純に回線に負荷がかかっただけでアウトでしたし。
被害の少なかった場所にはかなり早く連絡が取れたのですが、一番知りたい現地の情報は数日後まで全く分からず、被災者も外部の者もただ悶々と過ごすしかなかった、というのが正直な感想です。

一番強かったのはテレビでしたが、これもたとえば電波塔がぶっ倒れるとか、テレビ局が被災するなどといった事態になったとき、被災地ではもう何も手段がなくなるということになります。
実際、今回は大規模停電が起きたために、テレビを含めすべての情報手段が途絶えて、ちょっと内陸の人たちは何が起きたのか全く分からなかったそうです。
最終的には海沿いまで自分の足で見に行って「なんなんだこれは」となったと。

意外とワンセグががんばりましたね。
携帯買ったときは「こんなもん絶対使わない」と思ったけど、今はあって良かったと思っています。

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