カテゴリー「旅行・地域」の100件の記事

2012.11.07

わかめサポーター2012

去年の3月に岩手県大船渡市のわかめ組合の「わかめサポーター」として1口1万円の「復興支援金」を振り込みました。
「わかめサポーター」になったよ: SHINOblog
それから2ヶ月後の5月に取れたてワカメが2kg(200g×10袋)届いて、親戚や友達に配りまくっていたら、残りあと1袋になってしまいました(笑)。
急に寂しくなって、最近はあまり食べないようにしています(笑)。

チルド室がワカメに完全制圧されていた時代。

というわけで、今年ももちろん!申し込みましたよ。
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北浜わかめ組合虹の会
1万円の半分はワカメの代金、もう半分は復興費用にあてられます。
去年は津波に流された加工施設の再建に使われたそうですが、今年は共同作業船の修理や冷蔵倉庫整備などに使うようです。

去年届いたワカメは、また加工施設が整ってなかった時期で、おそらくボランティアやNPO団体のみなさんも手作業で袋詰めを手伝ったのでしょう、ワカメが袋の中でからまっていて、1本引っ張ると袋から全部出てきちゃう、というような状態でした(笑)。
それでもやっぱり、三陸のワカメはとてもおいしくて、やっぱこれじゃないとダメだよね、と改めて実感しました。

そういえば友達からも、同じ岩手県のもっと上、久慈市のワカメをいただきました。
こちらは天然ものだそうで、大船渡の養殖ワカメより薄くて柔らかかったです。
かと言って、決してふにゃふにゃじゃなくて、お味噌汁に入れて時間がたってもヌルヌルになったりしないの。

来年の5月にはまたワカメが2kg(笑)やってきます。

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2012.10.29

盛岡さ行ってきたよ

もう1週間以上前になっちゃいましたが、こないだ岩手県の盛岡市に所用で行ってまいりました。
遊びじゃなかったので、できるだけ身軽でいるためにコンデジしか持っていかなかったけれど、盛岡はもう秋になってましたよ。
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少しでも時間ができたら行っておきたかったのがここ、岩手銀行本店。
ついこないだ東京駅がリニューアルして、元の美しいドームや3階部分が完全に復原されましたよね。
実はこの岩手銀行本店は、東京駅と同じ辰野金吾が設計した建物なんです。
もちろん、東京駅と比べるとずっと小規模ではあるけれど、彼の特徴である赤煉瓦スタイルがそのまま凝縮された名作であると思います。
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空襲で焼け落ちた東京駅のドームが、こちらではきちんと残っています。
復原にあたって、けっこうここを参考にしたこともあったんじゃないかな。
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この日は平日だったので中に入れると思ってたら、がっつり閉まってました・・・。
「銀行が平日に閉まってるとはどうなっとるんだ」って思ったら、どうやらこちらも修復作業に入るんだそうです。
もともと老朽化していたところに震災でけっこう壊れた部分もあったらしく、現在は隣に新しい本店を建てて、この美しい洋館は記念館などにして一般公開することになるようです。

さてさて、盛岡と言えば!!麺でしょう!
ってことで、吉永小百合も食べた「白龍(ぱいろん)」の「じゃじゃ麺」と、「ぴょんぴょん舎」の冷麺を食べてきましたよ!
白龍は小さな食堂なので、ロクに味わわずカメラをかまえるのは失礼かと思って(^^ゞ写真は撮っていませんが、要はうどんに肉味噌と薬味が乗っている盛岡独特の麺なのです。
お好みでラー油やニンニク、お酢などをドバドバかけてグッチャグチャに混ぜて食べるの。
ちょっとあまり品がよろしくないけれど(笑)、この混ぜるのが楽しい!
味は・・・まあこれは好みですが(笑)、ハマるとヤバイことになるみたいですよ(笑)。

冷麺の「ぴょんぴょん舎」は大きな焼き肉屋さんなので写真も遠慮なく撮ってきちゃいました(笑)。
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いつも冷麺は遠野でも食べるんだけど、これはちょっと本場盛岡には申し訳ないけど、遠野の「食肉センター」の方がおいしかったかも知れない。
たぶん、盛岡は焼き肉の後に、お口直しみたいな感覚で食べるのを前提としてるんでしょう、味があっさりしていて、冷麺だけだと物足りないのですよ。
それに比べて、遠野は冷麺一品でけっこう満足感が得られるというか、スープの味がしっかりしている気がしました。
まあ、これは個人の好みですからね~。

ここからはちょっとオマケ。
岩手の地元キャラクター、「わんこ兄弟」が盛岡駅にいましたよ。
とってもかわいいので、グッズを大人買いしてきちゃいました(笑)。
時間があったら紹介しちゃうかも!
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んでもってこれは三陸鉄道のおせんべい。
盛岡の物産館みたいなとこで売っていたので、思わず買ってしまいました。
南部せんべいみたいな形だけど、どちらかと言うと駄菓子のソースせんべいみたいな感じです。
付属の水あめをつけて食べるんですね。
これは三陸鉄道のメインキャラクター(?)「さんてつくん」。
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こっちはトミーテックがプロデュースした「鉄道むすめ」コレクションの、三陸鉄道久慈ありすちゃん
うーむ。
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東京にいると、震災の話題はNHKがたまに出すくらいですが、岩手にいるとさすがにまだまだテレビで話題にのぼることが多いです。
住宅会社がCMで「復興にむけてがんばります」って言ってたり、地域ニュースでは「どこどこで復興支援イベントやります」という話題が出たり。
まだまだ現在進行形なんだな、と改めて思いました。

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2012.09.19

1年半後の釜石

東日本大震災から1年半が経ったということで、NHKなどでは改めて様々な特集が放送されてましたね。
歩みは遅くとも着実に復興しているところもあれば、1年半前から完全に時が止まってしまったところまで、これからますます場所によって開きが出てくるんだと思います。

釜石市にある鵜住居地区は、市内でも最も甚大な被害を受け、人口は市内の16%しか占めていないのに、死者行方不明者数は市内全体の60%以上に及びました。

震災前の鵜住居地区
JR山田線をリアス鉄道の列車が走っている様子です。ごくごく普通の田舎の風景でした。
画面の真ん中でデカイ顔をしてるのが、私のお父さんに借りたエルグランド。

震災から1ヶ月後の4月。
線路の上にまで家屋がや瓦礫が流されて、竹藪は枯れ、海砂があたりを覆い尽くしていました。

5ヶ月後の8月。
大きな瓦礫は撤去されましたが海砂が見えなくなったのは、単に雑草が増えたから。

あれから更に1年、今年の8月です。上の写真とほとんど変わっていません。
唯一変わったのは、海水に浸かって枯れたと思ってた笹竹がどうやら復活してきたらしいことと、細かい瓦礫や砂が撤去されて、建物の土台が見えてきたこと。
陸前高田の一本松は、地盤沈下で土に海水が恒久的に含まれるようになったので枯れてしまいましたが、こちらは数日で水が引いて乾いたのと、地下にまでは海水がしみこまなかったおかげで比較的植生が戻っています。
ここら辺も住宅街で、家々がビッシリ並んでいたのですが、1年ちょっと人がいないだけでこうも見事に荒れ果てるのかと呆れてしまいます。
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この写真を撮ったときは8月で、夏休みということもあって東京ナンバーのツアーバスがたくさん来ていました。
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私は家族を亡くした鵜住居地区防災センターで線香をあげるために来たのですが、この日も2階に大勢の見学客がいました。
私は1年半経ってようやく建物の中に入れたよ・・・、みんな勇気あるね。
東京からわざわざここまで来るような人たちなので、みんなガイドさんの話に一生懸命耳を傾けていました。
私も横でちょっとだけ聞いてたんですが、ガイドさんは地元の、恐らくボランティアなのでしょう、実際に体験した人の話なのでとても重くて、途中で逃げ出してしまいました・・・。
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防災センターは、それでも比較的綺麗にされて中に入っても安全なよう、内部まで入り込んでいた瓦礫も取り除かれています。
しかし、すぐ裏にある保育園は完全に放置されて、ますます凄惨なことになっています。
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実際は、どこの状況も似たようなものです。
家を建てようにも土地がないし、復興計画も定まっていないので、動きが取れないのです。
土地があっても異常に高騰してとても手が出せる価格ではなくなっています。
住み慣れた町を捨てて出ていくか、あるいは不便であっても内陸の隣町に家を構えるしかありません。
一度流された場所に再び家を建てる人がついに出てきました。

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2012.09.15

遠野でカメラに怒る(いやそれジブンのせいだから)

あのさあ!たとえばこういう、昼でも薄暗いところでさあ、カメラ構えるとフラッシュがパカッて勝手に開くじゃんか。
絞りとかシャッタースピード変えてるとフラッシュ絶対にカパッて開くじゃんか。
「いやいや、あえて暗い感じに撮りたいんだってば!」って言うんだけど、聞いちゃいない(`Д´)
あれ、どうすれば勝手に開かないようにできるの?
メニューの設定で「シャッターを使わない」にしとかないといけないの?


もう1ヶ月も前の話になってしまって恐縮ですが(汗)、岩手に帰省したときに遠野に寄ってきました。

岩手県遠野市と言えば、柳田國男が「遠野物語」を編纂し、今でも民話の里として一大観光地になっています。

河童や座敷童など、ちょっぴり愛嬌のある妖怪話から、山男、山女、神隠しなどの恐ろしげな話、そしてクマを退治した話や明治の津波の話など、「おとぎ話」から「実話」まで、内容は多岐にわたります。

「遠野物語」拾遺35に掲載されている卯子酉様(うねどりさま)はここ。
ずっと昔、この辺は大きな淵で「淵の主」がいたそうで、その主に男女の縁を願うと不思議に叶うということです。
大量に結びつけられた赤い布は、左手だけで枝に結びつけることができれば、縁が結ばれると伝えられています。
・・・私は左利きだからチョー余裕です(笑)。
ちなみに、赤い布はお社にあるので、100円玉を床に(!)置いておきましょう。
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卯子酉神社からうっそうとした山道を20分ほど歩くと、五百羅漢にたどり着きます。
こうしてみると良くある山道ですが。
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よく見ると、あちこちの岩に人の姿が彫ってあります。
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岩手をふくむ東北地方は昔から飢饉に翻弄された地方で、江戸時代中期のいわゆる天明の大飢饉でも無数の餓死者を出しました。
死者の供養のため、地元の住職がたった1人でいくつもの自然石に羅漢像を彫りました。
実際に500体あるのかは定かではありませんが現地に立つと静かな執念を感じます。
コケに覆われて良く見えなくなった岩もたくさんあるんですが、目が慣れてくるとあっちにもこっちにも見つけられるようになります。
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こちらはSHINOblogでも何度か登場した常堅寺の山門にある仁王様。
東京に帰って、この写真を友達に見せたら爆笑されました、失敬なっ!
確かに、京都などの都会ではみかけない素朴な造りではありますね~。
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狛犬様も置いてあるんですが、頭に皿を乗せています。
カッパ狛犬って言うんだって。
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常堅寺の裏には小さな小川があって、これが有名なカッパ淵です。
昔はここにカッパがたくさんいたということで、いつも観光客がいる名所となっています。
ただ、子供がかつぱり(水にはまる)しても大丈夫なよう、岸や川底の石が取り払われてだいぶ整備された感じがします。
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川岸にはこんなものが。
きゅうりでカッパを釣るよ。
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2012.09.09

北上・みちのく芸能まつり「鬼剣舞」

いやもうなんつうか、岩手男はかっこいいよね~!!
私なんか、町中に貼ってある鬼剣舞のポスターを、ダンナに「はがして」って頼んじゃいましたよ(爆)。
そしたら案内所に置いてあったんで「これ売ってもらえるんですか?」ってお姉さんに聞いたら「どうぞお持ちください」って。゜(゜´Д`゜)゜。


役の行者小角(えんのぎょうじゃ おづぬ)がひろめた念仏踊りが起源とも言われる「鬼剣舞(おにけんばい)」ですが、多くが明治期に途絶えかけています。
かろうじて原形を伝承し続けた奥州市の南下幅念仏剣舞(みなみした はば ねんぶつ けんばい)が各地に指導し、現在では20近い団体があるようです。

どうりで、というか、奥州市の念仏剣舞と比べて、北上市に伝わる鬼剣舞は衣装も舞いも洗練されて見応えもあるのですが、やや現代的というか、「その動きは昔からあったんだろうか」というような動きもあったりします。
できることならヨサ○イソーランのような悲惨なことにはならないでほしいですが、多くの舞が口伝である限り、その時々で伝言ゲームのように変わっていくのもまた、その芸能が生きている証拠なのかも知れません。

以下、詳しい方、フォローお願いします(笑)。
「鬼剣舞」とは言いますが、鬼ではなく仏の化身なので、面には角がありません。
面の色は5色あり、それぞれ四季や方角、そして明王を表しているとのことです。
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悪魔退散・衆生済度の意味で威嚇的な鬼のような面をつけ、まさに憑かれたように激しく舞う姿が勇壮です。
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演目により、扇や太刀を手にしたり、宙返りなど曲芸のような舞もあります。
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基本は8人で舞いますが、演目によっては1人や2人などがあり、やはりソロを張れるのは上手な舞い手に限るそうです。
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8人の中で最も舞いの上手な人が白い面をつけることを許されます。
そして、一人加護(ソロ)を踊れるのはこの白面をつけた者だけなのだそうです。
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子供たちの鬼剣舞もあります。
真ん中の子がものすごく上手で、思わずずっと追いかけてしまいました(笑)。
この子は大人になったら白面をつけられると予言!
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やっぱ動画じゃないと臨場感がないですねえ。
念のために、ようつべで「岩崎鬼剣舞一番庭 」を見つけたので貼り付けときます(9分30秒)。

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2012.09.08

北上・みちのく芸能まつり

そんな訳で思いっきり時期はずれになってしまいましたが(;´Д`)、岩手に帰省したときのことをちょっと紹介します。

毎年8月の頭に岩手県北上市で「北上・みちのく芸能まつり」が開催されるんですが、今年は帰省ついでに満喫してきました。

北上・みちのく芸能まつりは、主に県内の様々な伝統芸能を北上市内の各地で見られる催しなんですが、中でも北上駅前の大通りに大集結したいろんな芸能の群舞はちょっと感動ものなんです。

もちろん!私のお目当ては「鬼剣舞」ですが、今年は復興祈願ということで、釜石市沿岸部から「虎舞」のみなさんもたくさんやってきましたよ。
「虎舞」の由来は諸説あるそうで、なんで「獅子」ではなく「トラ」なのかも未だに良く分かっていないそうです。
なんか途中で大漁節歌ってた気がするんですが、いろんなものが混じって今に至ったのかなという印象はありました。

虎舞の参加団体は、釜石市でも鵜住居、平田、片岸に両石など、特に津波被害の激しかった地域が名を連ねていました。
ダンナと「なんか凄まじい地名が並んでるね・・・」とか言いながら(^_^;、実は初めて虎舞を見たのでした。

・・・なんというか、さすが海の漢たちというか、とにかく演者みなさんがいかつい!(笑)
みなさん、角刈りか茶髪でらっしゃいますよ、甘っちょろいこと言ったらぶん殴られそう(笑)。
でもみんなチョーかっこいいです(ただ、歩きタバコはやめようづ)。
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かけ声もおよそ優雅とは縁遠いというか(笑)、「それそれそれそれ!!はっはっはっ!もっとやれやれやれやれ!そこらが大事だ(と聞こえた)」みたいな感じで、とにかく全体的に威勢良すぎてうっすら怖い(笑)。

お尻がかわいい~。
衣装も割とテキトーというか(笑)、比較的安上がりな感じがしますねっ。
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常に2匹で、じゃれたりケンカをするような仕草もあります。
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うわ!こっち見た!地域によってはホワイトタイガーもいるようです。
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こちらは、主に内陸部に多い「鹿踊り(ししおどり)」。
同じ鹿踊りでも地域によってだいぶ違いがあります。
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こちらは花巻など、東北本線沿いの地域に多い姿。
舞い手は太鼓を持ち、演奏しながら舞うので「太鼓踊系」と呼ばれてるそうですよ。
衣装もきらびやかで華やかな感じがします。
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「ササラ」と呼ばれる高くつきだしたツノのような白い飾りが特徴的で、地面に叩きつけるような仕草をします。
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一方こちらは遠野などに多い鹿踊り。
こちらでは「ササラ」はたてがみのように垂れ下がり、太鼓は持たず、両手に幕を下げ翻しながら舞うので「幕踊り系」と言われているそうです。
ツノも「太鼓踊り系」は本物の鹿の角ですが、こちらはかなり抽象化されてますね。
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幕踊り系もまた地域によって、鹿の面などが違っていたりします。
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太鼓踊系と違い、こちらは子供たちと遊ぶように舞う姿が素敵です。
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衣装も農夫や、きこり、あるいは猟師などの木綿の仕事着のようで、ぐっと庶民的で身近な感じです。
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次回は、この祭のメインイベント、鬼剣舞を紹介します。
今年は写真しか撮ってこなかったんだけど、舞う姿がとにかく勇壮で美しいので、何度見ても感動してしまうのです。

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2012.05.22

ワカメ届いたよ~

3月に岩手県大船渡市にあるワカメの組合のサポーターになって2ヶ月あまり。
「わかめサポーター」になったよ: SHINOblogでも紹介していましたが、ついに先日、ワカメが届きました!!
200g入りのワカメが10袋が冷蔵庫のチルド室を完全占拠しています、なかなか迫力あるでしょ(笑)。
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岩手県大船渡市末崎を拠点とする北浜わかめ組合は、震災による大津波で壊滅敵打撃をうけ、養殖筏や船、加工施設を全て失いました。
しかし、組合のみんなで力を合わせて瓦礫を撤去し、多くのボランティアやサポーターが少しずつ協力することで、ようやく2年ぶりにワカメが収穫できたとのことです。

北浜わかめ組合虹の会

ただ、まだまだ施設の復興は充分ではなく、本来3600口を募集していたのですが、最終的には1500口分のワカメを生産するのが限界、ということになったそうです。
そこで第1期である今年収穫分のサポーター募集はいったん締め切り、これから第2期を募集することにしたそうですよ。
1口1万円を「復興支援金」として振り込むことで、来年の5月頃に同じく200g入り10袋が届くことになります。
第1期では、流された加工施設の再建のために使い、第2期では共同作業船の修理や冷蔵倉庫整備などに使うとのことです。

釜石市のお隣、大船渡市にも、震災の後に行ってきました。
瓦礫はまだ海水に濡れていて、かろうじて道だけが掘り起こされていたようなときです。
大船渡は町中が異様な臭いに包まれていました。
釜石市街地や鵜住居ではほとんど感じなかった臭いでした。
大船渡の方がコンビナートや大規模な漁港が多かったためかもしれません。
重油や、腐った魚、あるいは焦げた木材が混じったような、今まで経験したことのない異様な臭いを発していた海が、こんなに健康なワカメが採れるまでに復活したなんて、本当に嬉しいです。

もちろん、来年のためにもサポーターは続けていきます。
届いたワカメはお世話になった人たちにお裾分けする予定です。

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2012.04.08

さくら桜

いつもなら東京はすでに桜が終わってる時期なのですが、今週末がようやく満開となったようです。
うちの近所は先週が桜祭でしたが、残念ながらガッチガチの堅いツボミばかりでした(^0^;)
あの大嵐の翌日、一気に花が開き始めて東京は今週から桜盛り!
この週末は桜の周りにいろんな人が群がって携帯やデジカメで連写しまくってましたよ。
ごく普通のおじさんまでがニコニコしながら携帯のカメラを構えてたりして、やっぱり日本で一番良い季節ですね~。

私も土曜にカメラを抱えて出かけたんですが、残念ながらあまり天気が良くなくて、どよーんとした写真しか撮れませんでした・・・。

西武新宿線沿いのソメイヨシノ並木。
晴れたら、石神井川に写る青空と桜がとても美しくて、この日も鉄な皆さんが巨大なレンズを向けて、電車とのコラボを撮影してましたよ。
西武線の新型車両「タマゴちゃん」が桜の横を走ると、周りでものすごい数の連続シャッター音が(笑)。
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後ろの黄色は西武線の電車。
マクロで撮ったもんだから、ただの「黄色いなんだか良く分からないもの」になっちゃった・・・。
ほぼ満開ではありますが、まだ咲いてない花もあります。翌日が全開だったかもね。
冷たい風がふいて、寒いのなんのって(笑)。
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んでもちょっと日当たりの良い木は暴発中~。
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あまり天気が良くなかったので、翌日リベンジだ!
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日曜は朝からチョー快晴!
今は毎日、というより、朝と夕方でもう花の量が変わってたりしますね。
昨日まで半分くらいだったのに、今日はもう満開です。
天気がよいから、青空に映える映える。
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これは川津桜かなあ、カンヒザクラかなあ、ソメイヨシノと比べると少し花が小さく、ピンクが濃い桜ですが、こちらはもう咲ききった感じでした。
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オマケ:春の色は黄色。
我が家のディモルフォセカも、全開中です。
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各地で桜が美しさを競い合ってますね~。
桜ほころぶ | 日々歳々
さくら・ぬこ: pokoponにっき
SAKURA2012: Cafe Room
愛知県護国神社の桜(2012): デジカメ,写真,CARなど

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2012.03.26

瓦礫の受け入れが進まないんだって

以前、「わかめサポーター」になったよ: SHINOblogで紹介した、わかめサポーターの会員証が届きました。
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北浜わかめ組合虹の会を見ると、3月21日の時点で、1011口の申し込みがあって、会員数は759名になったようです。
私の会員番号は180番台だったから、けっこう早く申し込みしたのかな?

瓦礫の撤去はなかなか進んでないけれど、海は確実に自己修復を進めているようです。


いろんな報道で、瓦礫の受け入れが進まないって言って大臣が各地を回ってますよね。
釜石市なんかかわいそうに(笑)、老朽化で閉鎖した焼却炉をムリヤリ再開して老体にムチ打って燃やしてるんですよ。
大船渡市だって地元のセメント工場が一生懸命焼いてる。


でもこれ、私はいつも疑問に思うんですよ。
なんでわざわざ遠く離れた土地まで持っていって処分させるんだろう??
地元に処理施設を造って、地元で処理すれば良いんじゃないの?


その昔、関東大震災でも大量の瓦礫が出ましたが、そのほとんどは被災地の東京や神奈川、つまり地元で処理され、埋め立てたり、横浜の山下公園など整備したのは有名な話です。
また、阪神淡路大震災の際も、瓦礫の約4割が兵庫や大阪の埋め立てに利用され、残りは焼却処分やリサイクルに回されていたとのことです。
つまり過去の2度の震災ではたいてい地元近辺で処理されています。
東日本大震災における災害廃棄物の概況と課題(PDF)
立法と調査 316号(平成23年5月1日):参議院ホームページより

阪神淡路の時は、放射性物質の心配こそなかったものの、アスベストや焼却時のダイオキシン発生など、有害物質の拡散に対する懸念はありました。
私は、少なくとも岩手や宮城の瓦礫は放射性物質よりも、上記の方が心配だったりします。
そして津波に洗われた瓦礫は海水や海砂を含んでもいるので、これも処理方法が難しい理由のひとつかも知れません。
よしんばそれらが何らかの方法でクリアされたとして、膨大な瓦礫を遠方へ運搬して処理するのに一体どれだけの経済的・環境的負荷がかかるのか。
処理が大変なのはどの地方だって同じなんだから、遠くへわざわざ運送するだけ無駄な気がするんですよ。


多くの被災地では、地盤沈下にも苦しめられています。
東松島市あたりなんか、前は田んぼだったとこが未だに海だもん。
であれば、処理施設を地元に造り、かさ上げに使った方がよっぽど面倒ないんじゃないの?
標高が数メートルも持ち上がったら、次にまた津波が来てもかなり効果あると思うよ。
そんで、間に合わない分があればみんなで分け合うとかさ。
それでも、少なくとも西日本には拡散しちゃダメだと私は思います。
たとえごく少量であっても、人為的に発生させた放射性物質はあっちに持ってっちゃダメだよ。


ちょっと良く分からんよ、なんでわざわざ西日本まで持っていって情に訴えてまで押しつけようとしてるのか。
そういえば、「被災地沿岸部に焼却施設を新設するという案があったが、環境省が許さなかった」的な噂もありますが、これはちょっとソースが見つからないんで事実だか分からないです(なんか、どっかの大学の先生が言ってるみたいだけど)。

うーん、もっときちんと調査しないと、良く分からないね。
賛否それぞれ、言ってることは尤もなんですよね。
自分でもうまく整理できてないですすみません。

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2012.03.13

「わかめサポーター」になったよ

震災では多くの水産施設が破壊されました。
三陸沿岸にはたくさんの養殖イカダが設置されていましたが、みんななくなってやたらスッキリした海岸になってしまいました。

去年8月の三陸海岸。
こうしてみると津波の爪痕は残っていないように見えます。
が、以前はここにも所狭しとイカダが浮いていたのです。

でも、さすが自然は強いです。
あの大津波にも生き延びたワカメがまだいたんですね。
釜石市の水産市場でもわずかではあるけれど、ワカメの販売が始まっていましたよ。

岩手県大船渡市にある北浜わかめ組合では、仲間同士で自力で大船渡湾に残された瓦礫を撤去し去年の8月ごろからワカメの生産を開始しました。
しかし、破壊された加工施設などの設備を整えるには長い時間と多額の費用が必要です。

そこで組合では、ワカメの代金を先に振り込んでもらうことにより、震災後に初めて収穫したわかめを届ける、漁業復興支援のための「わかめサポーター」を募集することにしました。
北浜わかめ組合虹の会

1口1万円の「復興支援金」を振り込むことで、5月ごろに2kg(200g入り10袋)のワカメを送ってくれるそうです。
内訳としては、半分の5000円がワカメ代金、残りを復興支援金として施設の再建費用に使うそうで、目標は3600口だとのことです。
・・・これならものすごく早く集まるんじゃない?

もっちろん!私も1口乗りましたよ。
赤十字やドラえもん募金もいいけれど、自分が贈ったお金がどう使われるのか行き先が良く分からないですよね。
「あのお金がこんな風に使われたんだな」と分かれば、送った方も嬉しいと思います。
そして何より、がんばっている人にエールを贈りたい。


我が家の食卓にワカメは欠かせないものでした。
味噌汁やサラダ、酢の物にいつも三陸産のワカメを入れていて、岩手に帰省したら必ずワカメを買って帰ったし、親戚からも新物のワカメを贈ってもらったり、東京へのお土産もやっぱりワカメ(笑)。
1袋でけっこう長持ちするし、なにより肉厚で柔らかい三陸のワカメを食べたら、他の地方のワカメはもう食べられません。
だから、この1年、ワカメはほとんど食べていませんでした。
5月にはおいしいワカメが食べられると思うと、今からちょっぴりワクワクしちゃうのです。
届いたワカメは、お世話になった東京のみんなにばらまいちゃうよ~。

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